はい、昔のテレビ番組のコピーをパクりましたよ。
これまで既存の「教会」つまりは「キリスト教の会」について、いくつかの記事を書いてきました。
牧師がいて、屋根に十字架を立てた会堂があって、日曜日の礼拝式を大事にしている、という印象の「キリスト教の会」。
先月に出版された「異教まみれのキリスト教?」の売れ行きもよろしく、少しづつ、こうした「キリスト教の会」の在り方に、疑問を抱く方も増えているご様子。
そうした聖書の提示するエクレシアと、「キリスト教の会」の差異に、気がつく人はますます増えていくでせう。
実に好ましい。
また、牧師&信徒の高齢化、建物の老朽化、という現実があり、衰退していくことは間違いないでせう。
カルト的に集金をしていかないと、箱物宗教としての「キリスト教の会」の維持存続は、難しくなっていく。
ご愁傷様です。
そんな中で、ではこれからのエクレシアの集まりはどうなっていくのか。
家でまったりしながら、思いつくことをいくつか。
まずは建物は持たずに、集会場、レンタルルーム、カラオケボックスを使用したり、個人宅で集まるようになるでせう。
Zoomやスカイプを使ったオンラインMTGは、これからも増えていくでせう。
いわゆるメッセ―ジ、説教が減って。
対話型の御言葉の分かち合いとかが、増えてくるでせう。
あとは希望的な憶測としては。
牧師と信徒という区別が緩くなり、なくなっていくことを期待。
集会の枠組みもなくなっていってね、アッチコッチに自由に顔を出せるようになる、みたいな流れが出来たらいいかな、と。
今のところ僕は「Independent Disciple Fellowship 深流会」という便宜的な名前をつけて、オンラインMTGや、リアルでのパン裂きをしています。
そして、僕のI.D.F.深流会のオンラインMTGには、TokyoMetroCommunityの栗原一芳さんが参加してくださってます。
彼は某宣教団体に所属し、東京都内で5つのミーティングを持ちつつ、僕のところにも顔を出してくださってます。
そして僕は、小林拓馬さんのクラウドチャーチに、チョイチョイ寄らせていただいています。
クラウドチャーチは、異なる意見を尊重し合える場所なので、僕なんぞでも、参加を許されているわけです。
こんな感じで、自分のミーティングを運営しつつ、他のグループにも参加する、というのが一般的になっていけばよいなあ、と思っています。
職業牧師さんもね、毎回毎回準備してバタバタするのではなく、実は信徒の立場でゆっくりしたい、とか思っているんじゃないのかと。
そういった牧師と信徒の区別とか、団体や集会の枠組みに捕らわれることなく、交わりを持てたらいいのではないかな、と。
そんなことを、ユルく考えた土曜日でした。