鳴鳩雑記

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国籍は天にあり

私は、キリスト教的には「ペンテコステ派」。

 

大雑把な分類だと、キリスト教は「カトリック」「オーソドクス」「プロテスタント」に分けられる。

 

カトリックとオーソドクスは分裂し、プロテスタントカトリックの枝分かれ。

 

プロテスタントは大雑把に、聖書を「神の言葉」だと認識するのが「福音派」と、聖書を「人の言葉」だと認識する「リベラル」に分けられる。

 

福音派」の内、現代における聖霊の現れを積極的に肯定し、また強調する立場は「聖霊派」と呼ばれ、否定もしくは消極的に肯定する立場を狭義の「フクイン派」としよう。

 

聖霊派の内、異言を「聖霊を受けた唯一のしるし」と認識するのが「ペンテコステ派」であり、異言を「聖霊を受けたしるしのひとつ」とするのが「カリスマ派」である。

 

私はペンテコステ派である。

はじめて行ったキリスト教団体がペンテコステ派であり、私はそこで水のバプテスマを受けた。それから、福音派のフクイン派、ペンテコステ派、カリスマ派、イロイロなキリスト教を見てきた。

そして、今、ペンテコステ派キリスト教団体に、かつて「水のバプテスマ」を受けたのと同じキリスト教団体に連なることになった。

そこで私の聖書理解を伝える機会が与えられている。

 

オールドペンテコステ、と呼ばれる方々は、異言を語らないのは救われていない、と、公然と語っていたらしい。

とんでもない話だ。

 

かつてのブログで、キリスト教の欺瞞を書き連ねた後、私はブログの表題を変えた。

自分の思考において、キリスト教という宗教と、イエス・キリストの区別ができ、キリスト教という宗教から解放された。

その解放記念に、国籍は天にあり、という表題に変えた。

 

国籍は天にあり、という言葉は響きがいい。

そして、それは実際的には「市民権」であり、パウロの持っていた特権を思うとき、その素晴らしさを味わえる。

 

今のブログ表題は、I.D.F.

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それは、into deep flow、深みの中へ、という意味。

私の聖書理解を伝え、それを叩き台に、参加者ひとりひとりに、ご自分の聖書理解を建てあげてもらいたい、そう願っている。

 願わくは、インチキ、デタラメ、フキダマリ、ではありませんように。